徒然なるままに

日常のあれこれなど

今になって何度も観てしまう『東京物語』

東京物語』と言えば、小津安二郎監督の代表的な作品で、名作と言われているけれど(特に世界では高く評価されているみたい……)、初めて観た時は「これ、名作なんだろうけど……なんだかなぁ……」って感じで、私には全く刺さらなかった。いや、いい映画だった。原節子さん、美しかった。でも刺さらなかったのよ。

けれど、何故か今、めちゃめちゃリピートして観てる。
そして今なら頷ける。うん、コレ、名作やわ、やっぱり。

私が初めて『東京物語』を観たのは、まだ20代の大学生の頃。
2限目、3限目の講義が連続で休講になってしまって4限目までの時間を持て余し、友人たちと学食でダラダラしてた時だったかな。映画サークルか何かがミニシアター上映するって言うんで、いい時間潰しになると思って観に行ったという……、まあ、動機も不純だったんだけど。(4限目が出席を毎回取る教授だったのでサボれなかった)(笑)

2時間とちょっと。モノクロの映画を観た。
風景にも時代を感じたし、時間の流れがゆったりしていて、昔の映画だった。

……で、観終わって感じたのは、潔すぎるくらいに削ぎ落されているやん、これ、と感じたのが一番目。原節子さんがお美しいってのが二番目、名優・名女優さんの若かりし頃ってこんな感じかぁっていうのが三番目という――そう、全然刺さってないから、物語からくる感慨みたいなものがなかった。いや、勿論ストーリーは理解できたし、全くつまらないってわけじゃなかった。
尾道から出てくる両親に対して、その扱いどうなん? って感じもしたしね。

でも、20代だとさ、もうハリウッド映画のようなド派手なアクションとかさ、観てしまってるわけで、映画のラストで一種のカタルシスを感じるという感覚は知ってるわけですよ。というか、そういうのが映画じゃん? みたいな考えが芽生えてるというか。

なのに、この『東京物語』は、そういうのを全部削ぎ落してるように感じて、感動のスイッチを上手く押せてない自分がいるって、まざまざと感じたのね。だから「名作なんだろうけど……」って感じちゃったのよ。
描かれいてる時代背景も違うし、目に映るものを受け取った脳が心の中の感情を刺激するには、まだ若すぎて、それこそデバイスがない状態。何かあるんだろうけど、取りこぼしているような、何とも言えない感覚。
でもね、「つまらない」とは違うのよ。そういう感じじゃなくて、ところどころ何かは感じるんだけど、上手く乗れないって言うか、私のど真ん中に刺さらないって感じ。

だから「あぁ、そう言えば昔観たな……」的な思い出の中の映画の一つだったのね。

そんな私がもう一度『東京物語』を観るきっかけになったのは、山田洋次監督の2012年の『東京家族』っていう映画が、民放TVで放送されたのを観たから。

東京家族』は『東京物語』のオマージュ的な作品だと言われてたし、時代も現代に移してるから、私はとても見やすかった。勿論、リメイク作品じゃなくてオマージュ作品で、あくまで別作品なんだって、ちゃんと認識して観たし、楽しめたんだけど。

でも、それと同時に『東京物語』の、ちょっと奥底に沈んでいた記憶も呼び起こされてきて、「あれ? 『東京物語』の方って、どんな感じだったっけ?」って、何故か無性に確かめたいって気持ちが沸き上がってきたのよね。

ふと脳裏に浮かんできたのは『東京物語』の笠智衆さんの顏。
東京家族』の橋爪功さんを観て、何故か「笠智衆さんが観たい」って思ったのよ。

最初はDVDを借りに行こうかと思ったんだけど……。
「もしかしてAmzon Prime Videoさんにあるんじゃね?」
……と、検索したら、ありました。(爆)しかもPrime会員無料で。

もう見つけたが最後、気になって気になって、次の日、仕事で朝早いのに、夜中から2時間ちょっとある『東京物語』を観てしまい、観終わっても眠れなかったんですよ。

「あれ? こんなに切なくなる話だったっけ? 『東京物語』って……」
大学生の時に観た『東京物語』と全く別物だった。
何て言うんだろう……、淡々と描かれているのにも関わらす、胸をギュッと掴まれて、無性に切なくて涙まで出てきてしまった。
もうね、寂寥感がハンパなかったのよ。(ノ_・。)
老夫婦の遣り取りが堪らない。これ、反則やんか! って思ったよ。(T^T)クゥー
熱海の旅行の場面から後は、言葉一つ一つに想いが募ってしまう。
老夫婦と実の子供たちとの間で、そして義理の娘との間で交わされる会話の中で、徐々に顕になる寂しさや諦め、望みと気遣いが、痛い、痛すぎるっ。

そして、物語の終盤の原節子さんの言葉。

「大人になると、みんな自分の生活が一番になるのよ」

この言葉に、自分自身の後悔も重なっちゃって。

子供の頃はあんなに親のことが大好きだったのに、大きくなると親を疎ましく感じたりして、もう子供の頃のように自分の世界の重要な部分に、親はいないんだよね。

有り体な言葉で言うなら、それが「親離れ」なんだろうと思う。
一般的には「親離れ」出来ない子供の方が厄介だろうし、親はそれを寂しくも感じ喜ばしくも感じるのかも知れない。
現に、この『東京物語』の尾道に住む老夫婦の周吉と、とみも、子供が親から離れていくのは致し方ないことだと、ちゃんと受け入れているように見えたし、すっかり老いた自分達が東京に来ることで子供たちには面倒をかけているのだと、実の子供にですら気を遣う様は、ちゃんと子供を一人の大人として見ているんだなって感じる。
けれど、その実、周吉・とみ夫婦の心の中は本当はどうだったのだろうと、色々考えたら、ほんまに、ぎゅっと胸が痛くなって、止めようとしても勝手に涙が出てくるのよ。

そして妻が危篤となり、子供たちが来るのを待ちながら、意識のない妻の横に座って、まるで自分に言い聞かせるように「きっと治る、治るさ」と口にする笠智衆さん演じる周吉の表情。
子供たちの親離れ、先立ってしまうのかもしれない妻、遺されいく自分、それら全てを抗わずに受け入れようとしているようにも見えて、苦しくなった。

そして、妻が旅立ち、妻の死を受け入れ、ひとり、尾道の家で外の海を見ている横顔とその姿に心が抉られたよ。(ノ_・。)

これからも周吉は、末の娘と尾道で暮らすのだろう。
そしてやがては末の娘も嫁いでいき、周吉はたった一人になるんだろう。

でも、人間誰しも生きていれば、これと似たようなことを一度は経験するんじゃないかなと思う。大切な関係性は時と共に変わっていくし、大切な誰かとも出会ってしまえばいつか別れが必ずやってくる。たとえどんなに悲しくても、人は、最初は抗うかもしれないけれど、やがてはそれを受け入れていかざるを得ないんだよね、覚悟を持って。

かつては、一つの共同体のようだった家族が、皆が歳をとるにつれ、バラバラになっていく。でもそれは同時にまた新たな一つの共同体=家族というものを生み出しているんだよ、人はそうやって生きているんだよと。
この『東京物語』は、そんな普遍的な人の営みを映し出した作品なんだって感じた。

それからというもの、何度となく観てしまうのですよ、『東京物語』。
観る度に寂寥感は感じるけれど、最近はそれすらも愛しめてる気がする。

で、何度も何度も観てると、ふと物語の最後のあたりで、義理の娘の紀子が義理の父である周吉に言う科白が気になってきたのね
紀子は、老夫婦の周吉・とみの次男「昌二」の元妻。次男の「昌二」は戦争で亡くなってしまって、紀子は寡婦となっているんだけど。

『わたくし、ずるいんです』

この言葉だけが、妙にこの物語の中で異彩を放っているというか、引っ掛かってしまった部分なんだけど、その後の二人の遣り取りをじっくり聞くと、もう堪らないんだわ。

紀子:『お父さまやお母さまが思ってらっしゃるほど、そういつもいつも昌二さんのことばかり考えてるわけじゃありません』

周吉:『ええんじゃよ 忘れてくれて』

紀子:『でも、このごろ思い出さない日さえあるんです。忘れてる日が多いんです。わたくし、いつまでもこのままじゃいられないような気もするんです。このままこうして一人でいたら、いったいどうなるんだろうなんて、夜中にふと考えたりすることがあるんです。一日一日が何事もなく過ぎてゆくのがとっても寂しいんです。
どこか心の隅で、何かを待ってるんです。ずるいんです』

周吉:『いやァ、ずるうはない』

紀子:『いいえ、ずるいんです。そういうこと、お母さまには申し上げられなかったんです』

周吉:『ええんじゃよ、それで。やっぱりあんはええ人じゃよ。正直で』

紀子:『とんでもない』

――周吉が亡き妻の懐中時計を持ってきて――

周吉:『こりゃァ、お母さんの時計じゃけえどなァ。今じゃこんなものも、はやるまいが。お母さんがちょうどあんたぐらいの時から持っとったんじゃ。形見にもろうてやっておくれ』

紀子:『でも、そんな……』

周吉:『ええんじゃよ、もろうといておくれ。いやァ、あんたに使うてもらやァ、お母さんも、きっと喜ぶ。なあ、もろうてやっておくれ』

――紀子は周吉を見て――

紀子:『すいません……』

周吉:『いやァ、お父さん、ほんとにあんたが気兼ねのう、先々幸せになってくれることを祈っとるよ。ほんとじゃよ?』

――紀子は嗚咽しながら泣き始める――

周吉:『妙なもんじゃ。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたのほうがよっぽど、わしらにようしてくれた。いやァ、ありがと』

最後に、この遣り取りがあることで、ぞれぞれの子供たちの振舞や立ち位置が顕になって、印象に残りまくるのですよ。

実の子供たちは、親の周吉・とみとは血の繋がりがある故に、悪気はないけれど言葉の端々に遠慮がない。それはかつて皆、同じ共同体として過ごしてきた時間があるからで、大人になった子供たちは、それぞれ自分の生活に責任を持たなければならないから、親に愛情はあるかも知れないけれど、親を中心にして動けない。だから厄介払いするように熱海の旅館へ行かせたりする。ここにも遠慮はない。

方や、義理の娘・次男の嫁の紀子は、元の共同体には属していなかった、後から嫁いできた他人なので、義理の親に気を遣ってもいるし、まだ再婚もしていないから、やんわりとした「家族」という繋がりから出ていけない。まして戦後すぐの時代なら、夫が亡くなったので「はい、他人に戻ります」とあっさり縁が切れる時代というわけでもない。

でも、義理の娘である紀子自身は、実は、亡くなった夫のことは、もうそんなに思い出しもしないし、このまま一人ではいられない=やんわりとした「家族」という繋がりから離れて、新たな共同体を作っていく、それを心の隅のどこかでは思ってる。
そんな自分に対して義理の親が向けてくれる気遣いや想いが濁りのないものだと解る分、とても自分がずるく思えてしまって、思わず義理父の周吉に吐露してしまう。

そんな紀子の正直さを受け止めて、周吉は紀子の背中を静かに押すって感じ。

流れる映像はそういうものだけど。
父の周吉は、もう子供が親離れをし、妻が亡くなり、共同体がバラバラになったことを覚悟を持って受け止めているけれど、紀子は後から入った、やんわりとした「家族」という共同体から出ていく覚悟みたいなものがまだないという対比にも見えるんだよね。

仮初の繋がりですら、まだ紀子は手放せないでいる。心の何処かでは新しい家族を作れればと思っていても、その勇気も覚悟も踏ん切りもつけられない。
でも周吉は、東京への旅行で、自分の居場所が東京にはないことも解ったし、いつも傍にいた妻すら失くしてしまい、目の前にやってくる様々な問題や感情から逃げることなく、ま、もしかしたら諦めかもしれないけれど、それが人の営みなのだとちゃんと覚悟を持って受け入れた。

だから、紀子にも、もう何にも縛られず覚悟を持って手放していい、それが人の営みで幸せなんだ、だから気軽なく幸せになっておくれと言ってるようで、ここで涙腺が緩み最後の最後、ラストの場面で、周吉が一人で団扇を仰ぎながら、何とも言えない表情で海を見つめる場面。これもうアカン!ここで涙腺が一挙に崩壊してしまう今日この頃。

ほんと、もうさ……。
大学時代の私って、一体、何を観てたんだろう?
恥ずかしいわ……。マジで穴があったら入りたい! (T^T)クゥー

えぇ、もうこれは名作以外の何物でもないと、あらためて感じたですよ。
ほんと、そのことに気付けて良かった……。 (;^_^A アセアセ

でも、私自身、まだ新しい一つの共同体は生み出せてないんだよね、これが。
や、まだわかんないよ? まだまだ、これからかも知れないし? (;^_^A アセアセ
諦めずに、希望は大きく持つとしよう! (⌒▽⌒)アハハ!
でも、もし希望叶わずだったとしても、周吉のように逃げずに受け入れる覚悟を持とうと思う私!

いや~、名作って素晴らしい! (^-^)